2009年07月03日

★私の最後の花道。

鈴木彩乃ふぃーりんぐhttp://ameblo.jp/ayanosuzuki/




おはようございまちゅ(^0^)/

ある人のメールリングから届きましたよん(^O^)

その名も…
中村文昭さんから、面白いのが届いたんです〜(*・∀-)☆

あんまり〜
面白いので、皆さんにもシェアしたいと思います☆




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こんばんわ中村文昭です
先日耕し隊のメンバーと交流を深めようとキャンプ気分で旭川の綺麗なバンガローに泊まりに行きました



たまには贅沢な食事でもつれってってあげようと思ったのですが、みんな口々に「みんなでここで食べるほうが楽しい」と

言ってくれてなんだかあったかい気持ちになりました

「何をどんな所で食べるか」よりも 「誰とどんな話をして食事をするか」の方が大切ですよね

ちなみにその時の盛り上がった話題は「死」についてでした

最近「生と死」についてよく考えます。
人間は100%死ぬわけなのですが

皆さんはどんな死に方やどんなお葬式にしたいか、想像したことがありますか?
人はよく足し算で生きているといわれます。今の自分に足りないものを補ったり勉強したり努力をしながら結果を求めたりします。

たぶんそれが普通だと思うし、基本的にはそうありたいと思うのですが。

「死」と言う観点で一生を見た場合 僕は引き算の方が腑に落ちるのです

最後は どんな所でどんな風に息を引取りたいか そのとき自分はどんな人間になっているのか
その「最後」のイメージからどんどん引き算をして 今 何をすべきなのかを考える
「最後」をイメージすることで覚悟のような強い意志が手に入るような気がするからです。

日蓮さんも言ってます

「まずは臨終の時をなろうて後に多事をなろうべし」

先日、在宅医療の看護師さんから感動する話を聞きました、

あるおじいさんの死に方のお話なのですが
そのおじいさんは野鳥が大好きで 自分の家は人間が喜ぶ家と言うよりも
野鳥が喜ぶ庭を作りたいと
小さな木の実がたくさんなる木を植え
野鳥が好きな蜜のでる花を植え
鳥たちの喜ぶ姿を眺めながら余生を過ごしたいと思っていたそうです

そんなおじいさんの家の庭にはたくさんの
野鳥が毎日遊びに来るようになったそうです。
そしてそのおじいさんが重い病気なり、入院も延命治療も断り
野鳥のいっぱいいる自宅で死ぬ事を希望したそうです。

いよいよ最後の時におじいさんは家族に見守られながら
その家の庭が見えるベットで寝ていたそうです。
そこに今まで家の中に一度も入ってこなかった野鳥が
おじいさんの胸の上に何羽も何羽もとまり
チュンチュン鳴いておじいさんとの別れを惜しんだそうです。
その時おじいさんは最高の笑顔で召されたそうです。

これ実話なんですよ すごいでしょ
僕は感動して自分はどんな最後を遂げたいか
考えましたし、
他の方にもきっとそんな想いがそれぞれあると思うのです。

そこで皆さんの「私の最後の花道」と題してお話をメールで募集したいと思います。
次回の元気メールで紹介して行きたいと思います。
こちらまで…



ちなみに耕し隊の一人に同じ質問をしたら「暗殺」と答えてくれました(笑)
本当に人それぞれですね〜


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素敵なお話ですね〜♪

このメールを読んだ私は、ついこの間に他界した私の大好きなお祖父ちゃんが頭にスッと過ぎりました。

私のお祖父ちゃんは、自分の子供達と孫達に囲まれて、自分の一生の最後の日をイメージし生きていたんだな〜と。

いつものお祖父ちゃんとえば…
『あや!魚釣りは…するんだぞ!』『あや、こんなふうにして魚を引き寄せるんだぞ!』と口癖のように言っていた、お祖父ちゃんが…

『あや!ほれ!じぃちゃんの死に方をみれ!』『あや、こんなふうな最後のじぃちゃんの死に方もいいべ?』

…と、メッセージを私にプレゼントしてくれた。最高のプレゼントだ。

良く私の周囲の方々から聞く言葉があります…

『人生、どう生きたか』
ではなく…
『どう生きるか』

と…。

私は、それに付け加えたい言葉がある。

『どう、死にたいか』

を…。
お祖父ちゃん、ありがとう。

ちょんちゃん♪

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