2009年06月07日
★お祖父ちゃん。
鈴木彩乃ふぃーりんぐhttp://ameblo.jp/ayanosuzuki/
今日のブログは、きっと上手く(いつももヘンテコリンだけれど)書けていないかもしれませんが、どうか今の自分の心が沢山の人に伝わりますように…。

去年の5月くらいに書いた…あぶらこちゃんブログから、登場していた、魚釣りとビリヤードと碁が大好きな私の自慢のお祖父ちゃん。
2009年6月4日
朝5時52分
満90歳で他界した。
孫である私から、お祖父ちゃんについて当て嵌まる言葉といえば…
ただ…
『とてもとても素晴らしい、お祖父ちゃんだった』が一番似合うかもしれない。
その死に様から、見えてくる生き様が、凄かったと。
お祖父ちゃんは、最後の最後まで、私のお祖父ちゃんだったね。
自分で決めた生き方を、そのまま死に様にまで、やりとうした ありのままの姿を孫にしっかりと『生というものと死というものの重みの存在』を繋ぎ伝えてくれたよ。
私には、真似ができるかな…と思う程です。
お祖父ちゃんは、太平洋戦争に行った人だった。
良く幼い自分に、戦争から生じる苦しさや痛みの話をしてくれていたなぁ。お祖父ちゃんが良く言ってたのは『じいちゃんはな、相手がたが弾を打つべ?その打った弾を避けるのが上手かったから当たらなかったんだ!』と自慢げに話てくれてたね。
お祖父ちゃんが、生きているから自分も存在するよ。
凄いなぁ
凄過ぎる生き様と死に様だよ。
何で?どうやったら?そこまでできるの?
私には、お祖父ちゃんの存在が大き過ぎるよ。
どんな生き方にも間違いも正しいもないだろう…けれども、私のお祖父ちゃんは、派手さも全くなく、地位や名誉、誰かと争う生き方が全くとして見られなかった様に、孫の私には伝わっているんだ。
本当に大好きな魚釣りをする為に、前々から仕掛けを作り、そこにくる魚を読み、適切な場所へ自転車で行き、ワクワクした子供の様に、その今自分のいる環境に感謝し、謙虚に事を楽しみ味わう。
釣ってきた新鮮な魚を干したりして、自分の子供や孫達に送るのを楽しみにしていたり、3時間くらいかけて、それらを持ってきてくれたり。
運動会にも良く来てくれたね。
あと、碁も大好きで毎日決まった時間に勉強をしていたでしょ。お祖父ちゃんの碁は、頭が良いところか、ずば抜けてキレるんだ。
70歳から始めたビリヤードは、始めてからすぐに『先生』って言われてたお祖父ちゃん。そして、ビリヤードの棒を私の家まで持ってきては『アヤ、ビール瓶の穴あるべ?その穴にビリヤードの棒が打つからない様に、…こうするんだ!』と言われ、私はお祖父ちゃんに言われるがままに、瓶ビールの穴へ向かって、瓶ビールの穴のふちに打つからないように、スコスコと打つ基本練習?をしたね。
一年一年、魚釣りができるようにと楽しみにし、自分の子供達と孫達に必ず会いに来てくれる。
どんな時の私にも、会いに来てくれたり『アヤ!』って電話をくれたりした。
今の時代ででは『そんなの当たり前!』というかもしれないが、その『当たり前』をどれだけの人間がし続けているだろうか、と私自身にも問ってしまう。
お祖父ちゃんは、当たり前をし続け、多くを望まなかった。
自分なりの、自分にしかできない生き方を、そのままを楽しむ。
妻と子と孫への、とてつもない愛情を一番に。
お祖父ちゃん…
私は、お祖父ちゃんの生き様と死に様が、とてもとても心に熱く刻まれたよ。そして、お祖父ちゃんの危篤状態に駆け付けて、必死に呼吸だけをして、手先が冷たくなり始めたお祖父ちゃんの手を握りながら話かけたら、お祖父ちゃんは必死な呼吸の中、ピクっと手で答てくれたね。本当に嬉しかったよ。
呼吸がとても力強かったなぁ。
お祖父ちゃん、『アヤ!最後まで見ろ!』ってね。
その後も全て見届けたよ。
見届けたかったし、お祖父ちゃんの傍にいたかった。
自分の子供や孫達に、プレゼントしてくれた姿勢は素晴らしく、良く振り返ってみると…全く見返りもなく、損や得なんて何もなく、ただ『与える愛だけ』。ただただ与え続ける愛だけ。無償の愛だけだったよ。すごいな。
大好きだな。
あんなに力強い生き方と、あんなに力強い死に方なんて、今の現代の人達はできるだろうかって。
これからも、今まで以上にお祖父ちゃんがいつでも会いに来てくれるし、いつも見てくれるんだね。
生き様が
死に様になり
死に様が
生き様になる
私は、お祖父ちゃんの孫で良かったよ。
お祖父ちゃん、最後まで本当にありがとう。
どんな生き様も死に様も、その人の命のタイミングなのかもしれない。生きている私達からみれば、その結果となった人間がどんな気持ちだったのか?は、本当とのところ本人以外には、わからないかもしれない。むしろ、その本人でさえも、わからないかもしれない。どの様な死に様であっても、その人一人だけの生き様なのかもしれないと…。
そして私は知っています。肉体は無くなっただけで、その後に魂の成長が必要である魂ならば、又、次の命に宿る事を。
私のお祖父ちゃんは…『御先祖様達がプレゼントしてくれた命の寿命を、自分なりに決めた生き様を受け止め、しっかりと最後の最後まで、命を使い切る死に様もできるんだぞ!』っという生き方を身をはって教えてくれた。
大好きなお祖父ちゃんへ
次も私は、お祖父ちゃんの孫になりたいな。
本当にいっぱいありがとう。
私もお祖父ちゃんをビックリさせてあげるからね。
またね。
ちょんちゃん
今日のブログは、きっと上手く(いつももヘンテコリンだけれど)書けていないかもしれませんが、どうか今の自分の心が沢山の人に伝わりますように…。

去年の5月くらいに書いた…あぶらこちゃんブログから、登場していた、魚釣りとビリヤードと碁が大好きな私の自慢のお祖父ちゃん。
2009年6月4日
朝5時52分
満90歳で他界した。
孫である私から、お祖父ちゃんについて当て嵌まる言葉といえば…
ただ…
『とてもとても素晴らしい、お祖父ちゃんだった』が一番似合うかもしれない。
その死に様から、見えてくる生き様が、凄かったと。
お祖父ちゃんは、最後の最後まで、私のお祖父ちゃんだったね。
自分で決めた生き方を、そのまま死に様にまで、やりとうした ありのままの姿を孫にしっかりと『生というものと死というものの重みの存在』を繋ぎ伝えてくれたよ。
私には、真似ができるかな…と思う程です。
お祖父ちゃんは、太平洋戦争に行った人だった。
良く幼い自分に、戦争から生じる苦しさや痛みの話をしてくれていたなぁ。お祖父ちゃんが良く言ってたのは『じいちゃんはな、相手がたが弾を打つべ?その打った弾を避けるのが上手かったから当たらなかったんだ!』と自慢げに話てくれてたね。
お祖父ちゃんが、生きているから自分も存在するよ。
凄いなぁ
凄過ぎる生き様と死に様だよ。
何で?どうやったら?そこまでできるの?
私には、お祖父ちゃんの存在が大き過ぎるよ。
どんな生き方にも間違いも正しいもないだろう…けれども、私のお祖父ちゃんは、派手さも全くなく、地位や名誉、誰かと争う生き方が全くとして見られなかった様に、孫の私には伝わっているんだ。
本当に大好きな魚釣りをする為に、前々から仕掛けを作り、そこにくる魚を読み、適切な場所へ自転車で行き、ワクワクした子供の様に、その今自分のいる環境に感謝し、謙虚に事を楽しみ味わう。
釣ってきた新鮮な魚を干したりして、自分の子供や孫達に送るのを楽しみにしていたり、3時間くらいかけて、それらを持ってきてくれたり。
運動会にも良く来てくれたね。
あと、碁も大好きで毎日決まった時間に勉強をしていたでしょ。お祖父ちゃんの碁は、頭が良いところか、ずば抜けてキレるんだ。
70歳から始めたビリヤードは、始めてからすぐに『先生』って言われてたお祖父ちゃん。そして、ビリヤードの棒を私の家まで持ってきては『アヤ、ビール瓶の穴あるべ?その穴にビリヤードの棒が打つからない様に、…こうするんだ!』と言われ、私はお祖父ちゃんに言われるがままに、瓶ビールの穴へ向かって、瓶ビールの穴のふちに打つからないように、スコスコと打つ基本練習?をしたね。
一年一年、魚釣りができるようにと楽しみにし、自分の子供達と孫達に必ず会いに来てくれる。
どんな時の私にも、会いに来てくれたり『アヤ!』って電話をくれたりした。
今の時代ででは『そんなの当たり前!』というかもしれないが、その『当たり前』をどれだけの人間がし続けているだろうか、と私自身にも問ってしまう。
お祖父ちゃんは、当たり前をし続け、多くを望まなかった。
自分なりの、自分にしかできない生き方を、そのままを楽しむ。
妻と子と孫への、とてつもない愛情を一番に。
お祖父ちゃん…
私は、お祖父ちゃんの生き様と死に様が、とてもとても心に熱く刻まれたよ。そして、お祖父ちゃんの危篤状態に駆け付けて、必死に呼吸だけをして、手先が冷たくなり始めたお祖父ちゃんの手を握りながら話かけたら、お祖父ちゃんは必死な呼吸の中、ピクっと手で答てくれたね。本当に嬉しかったよ。
呼吸がとても力強かったなぁ。
お祖父ちゃん、『アヤ!最後まで見ろ!』ってね。
その後も全て見届けたよ。
見届けたかったし、お祖父ちゃんの傍にいたかった。
自分の子供や孫達に、プレゼントしてくれた姿勢は素晴らしく、良く振り返ってみると…全く見返りもなく、損や得なんて何もなく、ただ『与える愛だけ』。ただただ与え続ける愛だけ。無償の愛だけだったよ。すごいな。
大好きだな。
あんなに力強い生き方と、あんなに力強い死に方なんて、今の現代の人達はできるだろうかって。
これからも、今まで以上にお祖父ちゃんがいつでも会いに来てくれるし、いつも見てくれるんだね。
生き様が
死に様になり
死に様が
生き様になる
私は、お祖父ちゃんの孫で良かったよ。
お祖父ちゃん、最後まで本当にありがとう。
どんな生き様も死に様も、その人の命のタイミングなのかもしれない。生きている私達からみれば、その結果となった人間がどんな気持ちだったのか?は、本当とのところ本人以外には、わからないかもしれない。むしろ、その本人でさえも、わからないかもしれない。どの様な死に様であっても、その人一人だけの生き様なのかもしれないと…。
そして私は知っています。肉体は無くなっただけで、その後に魂の成長が必要である魂ならば、又、次の命に宿る事を。
私のお祖父ちゃんは…『御先祖様達がプレゼントしてくれた命の寿命を、自分なりに決めた生き様を受け止め、しっかりと最後の最後まで、命を使い切る死に様もできるんだぞ!』っという生き方を身をはって教えてくれた。
大好きなお祖父ちゃんへ
次も私は、お祖父ちゃんの孫になりたいな。
本当にいっぱいありがとう。
私もお祖父ちゃんをビックリさせてあげるからね。
またね。
ちょんちゃん
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